朝の交差点にて。

「辻立ち」が、私に教えてくれた大切なこと。
塩入友広 2026.02.27
誰でも

辻立ちで得た気づき

これまで、選挙前のいわゆる「辻立ち」に対して、私は正直に申し上げて、それほど大きな意味を感じていたわけではありませんでした。

しかし、実際に場所を変え、一つの交差点に1時間半立ち続けてみると、車の中からでは決して見えてこない、地域の鼓動を感じることができました。

想像していなかった「クルマの流れ」

先日立っていたのは、舞田の変則的な五叉路です。

舞田交差点

舞田交差点

ここで驚いたのは、私が想像していなかったクルマの流れです。

まず、この写真の左上から交差点へ入ったクルマが鋭角に右折し、そのすぐ先で左折、下方向へ抜けるクルマ。どうやら、工業団地や隣の市へ通勤するための動線となっているようです。

次に、右から入ってきたクルマが、交差点を鋭角で右折、右上へ抜けるクルマ。画面の右上から左下への通りは別所街道と呼ばれる幹線ですが、考えてみると、近くにはショートカットがありません。

つまり、かなりの鋭角を曲がらなくてはならないルートを通る車がとても多かったのです。

この複雑な交差点は、子どもたちの通学路でもあります。

危険な場所であることを子どもたちはよく理解しており、要領を得た様子で、実にしっかりと安全確認をしながら歩いています。それでも、やはり親御さんの心配は尽きないのでしょう。家族の車で送ってもらう児童・生徒の姿も目立ちました。

安心が「歩く」という選択肢を作る

一昨日からは、また別の交差点に立っています。そこには、子どもたちを見守る「おじさん」がいらっしゃいました。

私が子どもの頃には、どの交差点にも「緑のおばさん」がいて、黄色い旗に守られながら学校へ通ったものです。

お話を伺うと、この方が見守りを始めてから、自家用車での送迎ではなく、歩いて通う児童が増えたのだそうです。

「誰かが見守ってくれている」という安心の担保があれば、親御さんも「歩いて行かせよう」と思える。地域の方のちょっとした協力や関わりが、人々の暮らしの習慣や、街の風景を変えていく。そのことを肌で感じました。

交通災害から、歩行者を守りたい

朝の1時間半、交差点に立つことを、ただ顔を売るだけの活動とはしたくありませんでした。

鋭角なカーブを曲がる通勤車両の多さ、子どもたちの健気な足取り、そして地域を支える見守りの手。これらを知らずして、この街のインフラや教育を語ることはできないと痛感しています。これからも、現場で見つけた「気づき」を大切に、皆さんの暮らしに根ざした活動を続けてまいります。

無料で「しおいり通信」をメールでお届けします。コンテンツを見逃さず、読者限定記事も受け取れます。

すでに登録済みの方は こちら