鏡越しの会話。別所温泉と塩田のこれから。

25年後のまちづくりに必要な「回路」の話
塩入友広 2026.01.31
誰でも

床屋さんでの会話から

先日、ポスター用の写真撮影を前に、いつもの床屋さんに足を運びました。そこで偶然、隣り合わせたのは地元の温泉旅館を経営する社長さん。鏡越しにうかがったお話しの中に、私の知らない現場の切実な思いと歪みを突きつけられました。

一つは、私たちが温泉を利用する際に納める「入湯税」のあり方です。制度上は、温泉地の環境整備や観光振興のために使い道が定められた「目的税」であるはずが、実態としては一般財源のように扱われ、温泉の維持管理といった、肝心の現場へ還元されることはない、といったお話しでした。徴収する側の理屈と、現場を守る側の苦渋。その乖離は、想像以上に深いものでした。

エンジニアの目から見た「欠陥サイクル」

さらに重く響いたのは、市政のあらゆる場面でPDCAのサイクルが回っていない、という指摘です。計画(P)を立て、実行(D)はする。しかし、それがどのような成果を上げたのかを検証(C)し、次の改善(A)へと繋げるプロセスが抜け落ちている。いわば「やりっぱなし」の連鎖です。

工作機械の制御設御に携わってきた私にとって、フィードバックのないサイクルはシステムの破綻を意味します。不具合があれば原因を特定し、回路を修正する。その当たり前のプロセスが行政の現場で機能していないことが、今の閉塞感を生んでいるのではないか。そう感じずにはいられませんでした。

「ゆっくりとした死」か、それとも「再生」か

ゆっくり死んでいく都市は、その変化が緩やかだから誰も気づかないのだという示唆もありました。新幹線が開通して以降、便利さの裏側で、上田のまちは少しずつ、確実に活力を削ぎ落とされてきた停滞の27年だったのではないか。新幹線により、かつての賑わいを奪われた小諸市が、今、その地形を逆手に取った「坂のまち」として独自の個性を放ち始めているのとは対照的です。

私が生まれた昭和44年(1969年)は、戦後から25年ほど経った頃でした。あの頃の25年は、まさに無からの劇的な復興と変化の時代でした。現在から25年後、このまちはどうなっているでしょうか。

山田の景色と、これからの25年

今日、西塩田の山田地区を歩きました。思わず足が止まるほどの美しい見晴らし。その一方で、静かに増え続ける空き家。この勿体ないほどのコントラストが、今の地元のリアルです。 農作業中にお話を伺った方は震災を機にこの地で暮らすようになり、ようやく最近になって住所を移されたそうです。

別所温泉と塩田。この愛すべき地元が、ただ静かに消えていくのを待つだけの場所であってはなりません。私は決して傍観者ではなく、一人の当事者として、システムの不具合を正し、25年後も誇れる景色を残していきたい。この地で活躍している人や団体を横断的に繋ぐ緯糸(よこいと)としての機能を担っていきたい。改めてその確かな決意を胸に、明日も歩いてまいります。

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