企業城下町という価値を考える
農村にあるグローバル本社
ミシン針の世界シェアトップ、オルガン針株式会社さんの本社は私が暮らす西塩田にあります。
一昨日、とある会合に参加しました。出席者5人というこぢんまりとした飲み会でしたが、私以外の4人は皆、オルガン針さんに縁のある方々。知らなかったのですが、その先輩の方々は海外の工場の立ち上げや市場調査など、豊富な海外経験をお持ちでした。
1970年代に九州へ新工場ができた際には、現地から研修に来た方が西塩田の女性と巡り会い、婿入りされるケースも多かったようです。実際、ご近所にも何組かいらっしゃいます。かつて農村であったこの地にグローバル企業の本社があるということ。そのことが、地域に広い視野と人の流れをもたらしていたことを実感する夜でした。
団塊の世代が支えた地域の熱量
往時の地域の賑わいについても話が及びました。通勤時間帯には路線バスが数珠つなぎに行き交い、最盛期には1000人を超える地元の人が勤務していたそうです。会社で腕を磨いた職人さんが独立し、あちこちに協力工場が生まれました。
バリバリ働いた団塊の世代の方々は、地域の行事でもその力を発揮されていました。職場の仲間との阿吽の呼吸で、地域の運動会やお祭りを運営する。しかし今、どの地区でも運動会は行われなくなりました。老舗食堂の閉店や、地域のイベントの縮小を目にするたび、かつて地域を支えていた世代の偉大さと、かつての西塩田の元気が失われていく寂しさを感じずにはいられません。
若者が地元で働けない、という現実
私自身は高卒で市内の工作機械メーカーに入社し、昨年末に退職しました。工作機械もまた、裾野の広い産業です。かつては近所に多くの協力工場がありました。
しかし、私が政治を志す大きなきっかけとなった出来事があります。私の家のすぐ近くに住む、工業高校の後輩にあたる若者が、私が勤めていた会社へ新卒で入社してきました。喜ばしいことである反面、私はショックを受けました。私の勤め先は、今では上田を離れた場所にあります。上田には、彼の知識や技能を活かせる勤め先がないのか。福利厚生が厚く、技術も磨ける。そんな魅力的な企業が地元にあれば、彼は長い通勤時間をかけず、もっと豊かな時間を過ごせたかもしれないのです。
企業城下町を再び。25年先を見据えて
私の妻は茨城県日立市の出身です。義父は日立製作所で長く働き、義弟も関連会社に勤めています。地域に核となる企業が存在し、雇用と経済を支える企業城下町。これを幸運と捉えるか、政治と地域の働きかけで実現可能な構想と捉えるかで、未来は大きく変わります。
長距離通勤や遠隔地との取引を減らし、地元で働き地元で生産することは、CO2削減という観点からも理にかなっています。かつてのような活気を取り戻すことは、夢物語でしょうか。25年先のあるべき姿として、再びこの地に力強い企業城下町を築く。そのために、市政が明確な目標を持って企業誘致や産業支援に取り組むべきだと、私は強く思うのです。
今日も最後までお読みいただき、ありがとうございました。
寒い日が続きますが、どうか暖かくしてお過ごしください。
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