実体験なき平和教育への危惧
元社会科教師である親戚の叔父のもとへ新年の挨拶に伺いました。普段は口数の少ない叔父ですが、この日は「おい、やれや」と差し出してくれたお酒を酌み交わしながら、地域教育や戦争の記憶について熱のこもった話を聞かせてくれました。
■「あの時撃たれていたら、今の自分はなかった」
昭和19年生まれの叔父は、米軍機の超低空飛行に遭遇したことがあるそうです。パイロットの顔が目視できるほどの距離で、母親が身を挺して幼い自分を守ってくれた――後に母からそう聞かされたといいます。 「あの時撃たれていたら、今の俺はなかった…」 その強烈な原体験があるからこそ、叔父は「実体験のない語り部の話は心に響かない」と、昨今の平和教育の在り方に危機感を抱いていました。
■ 歴史の痛みと向き合う
話題はコミック『ペリリュー』や、松代大本営の歴史にも及びました。特に、松代大本営を訪れた沖縄の方が「沖縄が本土決戦の時間稼ぎのために戦場となった事実」を突きつけられ、中に入ることすらできなかったという逸話は、戦争がもたらす深い分断と痛みを改めて浮き彫りにするものでした。
■ 何もできなかった世代の願い
話題が私の甥のことに及んだ時のことです。チェロにピアノ、トロンボーンと、興味のままに様々な楽器を習う甥の様子を聞いた叔父は、しみじみとこう言いました。
「何でもやりたいことに挑戦できる『今』は、本当に幸せな時代だなあ。俺たちの頃は、何もできなかったからな」
戦時・戦後の混乱期を生き、選択肢を持つことすら許されなかった世代の実感。自由に学び、表現できる現在の平和が、いかに貴重なものであるかを突きつける言葉でした。
■ 現場を知る強みと責任
別れ際、叔父から「お前には期待している」との言葉を頂きました。 私が遺骨収集活動などを通じて戦場を実際に歩き、肌で感じてきたこと。その経験があるからこそ、語れる言葉があるのだと背中を押されました。
先人が守り抜いた命の重みと、何でも挑戦できる「今」の尊さ。この二つを胸に刻み、体験に裏打ちされた「生の声」を市政へと届けていくことが、私の使命のひとつであると強く再確認した新春の一日でした。
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